今回の『対談!えびさわけいこが聞きました』は、
NHKニュースキャスターや高知県知事を経て、
現在は「一般財団法人教育支援グローバル基金」の代表理事の橋本大二郎さんです。
えびさわ:文京区議会議員えびさわけいこ
橋本さん:「一般財団法人教育支援グローバル基金」代表理事 橋本大二郎さん(元高知県知事)
対談の様子はこちらからご覧いただけます(約18分)
-恵まれない学生への支援について「ビヨンドトゥモロー」の活動内容
えびさわけいこ(以下えびさわ):まずは「ビヨンドトゥモロー」の内容を、教えていただけますか。
橋本大二郎さん(以下橋本さん):正式名称は「一般財団法人教育支援グローバル基金」ですが、覚えにくいので「ビヨンドトゥモロー(以下ビヨンド)」を通常の活動名にしています。
この団体が立ち上がったきっかけは、2011年3月11日の東日本大震災でした。最も大きな被害を受けた岩手や宮城、福島の子どもたちの支援を目的として、若手の経済人が資金を出し合って財団を立ち上げました。
5年くらいしてから、被災者の支援だけではなく今の社会でいろんな問題を抱えているお子さんに合った応援をしていく形に変わりました。
支援の対象に選ばれた方は、活動期間の1年間は人材育成プログラムにも参加していただきます。1年ごとに対象者を新たに募集していきます。児童養護施設や里親に保護されているお子さん方が対象です。今年度でいえばどちらも12人ずつです。奨学金も少ない額ですが、お出ししています。
-ビヨンドトゥモローの人材育成プログラム
えびさわ:「ビヨンド」の看板である人材育成プログラムの内容について、教えていただけますか?
橋本さん:コロナになる前ですが、夏はアメリカのニューヨークやワシントン、秋には東南アジア各国に行くプログラムを組み、世界の人とつながる機会を提供していました。それ以外の時期は様々な分野の方に講演していただき、その内容についてメンバーで議論をして、「自分に何ができるか」を学んでいます。ディベートを繰り返す中で、世の中の評価も受けてきたと思います。
また、「ビヨンド」に来てくれる子どもたちが言うには、自分のこれまで育ってきた中で体験したことを学校でも話をしないし、逆にあまり周りに知られたくもない。
えびさわ:今の学生さんは昔に比べて、自分がどう受け止められるかを気にする人が多いかもしれませんね。
橋本さん:大学で授業をしていても、なかなか質問が出ない状況になりますが、特に悲しい経験をしたお子さんはその傾向が強い。だからこそ似たような境遇の子どもたちが集まって、安心して話せるような場を用意しています。最初は知らない人同士だから何となく気まずい感じなのですが。
えびさわ:相手の様子を探りながら、ですよね。
橋本さん:1日もいると高校生や大学生もすぐ打ち解けて、話すようになります。今まで育ってきた環境の中での、苦しみや辛さなどを。例えばもっとすごい経験をした仲間もいて、克服までの道のりなどの話をする中で「いつまでも暗い過去として抱えずに、もっと前向きに取り組もう」と感じ取っていてくれる点は、非常に有意義だと思うのですよね。ちょっと難しい言葉を使えば自己肯定感を育む機会にもなります。そういう状況にあるお子さんは「自分はダメだなぁ」と卑下していますので。
えびさわ:時代の影響もありますよね。
-子どもたちの視野を広げるプログラム
橋本さん:そんな子どもたちが自分に自信を持って、自分の道を見つけるようになります。
自分の道といえば、児童保護施設のお子さんに「将来は何をしたい?」と聞くと、ほとんどが「お世話になっている先生のように、恵まれない子どもたちのために働きたい」など、自分の見えている範囲で物事を決めてしまいがちです。えびさわさんもお父様の介護で気づきを得たとおっしゃっていますが、面倒を見てくれたお祖母さまを看取る経験から、看護師を目指したいとか。貧困とか虐待といった状況だと、なかなか出会いの場が少ないと思います。
えびさわ:そのために、限られた中での判断になってしまいますよね。
橋本さん:「自分は〇〇をやりたい」と想いを持つことはとてもいいことです。けれども、もっと多くの物を見れば、別の体験ができて、新たな視点が見えてきます。その視点を通して社会に貢献できて、自分がお世話をしたいと思った子どもたちやお年寄りに対して力を還元できる。その点に気づける人材育成プログラムにしていこうと。
えびさわ:すごくいいお話をありがとうございます。お金をあげるだけではなく、その子たちにいろんな経験をさせてあげて、新しい気づきを得てもらうのは大切なことですね。
私自身もそうなのですが。茨城県の田舎に育ったため、どんな職業があるのかがよく分かっていませんでした。父が教員だったので、学生時代は先生になろうと漠然と思っていました。東京に出てきてたくさんの価値観に触れる中で、様々な仕事を知ることができました。一方で貧困や虐待にあった子は、限られた世界の中で生きていく例も見てきました。そんな子どもたちを海外にまで連れてってあげたり、多くのディベートを経験させたりするのは、彼らにとって世界が拡がるきっかけになるので、素晴らしいですよね。感動しました!
橋本さん:ここ2年は海外も行けないままなのですが、今年度はこれまでのようにアメリカの大都市が無理だとしても、ハワイに行けたらと考えています。なるべく対面でのプログラムを維持しながら、夏以降のプログラムを組んでいきたいと思います。
-経済格差が学力格差に
えびさわ:人材育成プログラムを通じて、
子どもたちが新しい夢を見たり、これまでの自分の夢をさらに膨らませたりできるのは、素晴らしいことですね。
虐待やひとり親、また経済的な理由で自分の夢をあきらめた子どもたちが、似た境遇の子たちと話し合うことで、「頑張ろう!」と、心が明るくなったりするのもいいですね。
橋本さん:その点が一番大切なことだと思います。雑談をしながらコミュニケーションが取れるだけでも、重要なことではないでしょうか。
例えば相対的貧困の話でいえば、学力調査の結果などを見ても、全国の学力テストの正答率と子どもの家庭の所得との間には、見事に相関関係があります。「所得の高い層の子どもが所得の低い層の子どもよりも20ポイントほど高い正答率」といった厳然とした結果が出ているので、ハンデをなくしていくことがとても大切です。機会の不平等をなくしていくことが必要だな、と思っています。
えびさわ:現在文京区では、ひとり親家庭や貧困家庭に、いろんな企業さんからの協賛でいただいたお米などの食品を送る「子ども宅食プロジェクト」を実行しています。すごく喜ばれているのですが、もう1歩すすめて、そこに本や参考書などのちょっとした学習支援ができるよう、さらに拡大して欲しいと考えています。食べ物は大事ですが、心のケアや教育、スポーツのケアまで出来たらいいですね。なかなかそこまで今のところは進まないのですが。
-児童相談所の創設にむけて
橋本さん:インターネットで調べたら、文京区も児童相談所を創設すると伺いました。児童福祉法が改正されて、区の自治体でも造れるようになったので。必置義務がある訳ではないですが。
えびさわ:確かに造らないと宣言している区もありますが、文京区は実現に向けて動いています。
橋本さん:手を挙げて造ろうとされているのでしたら、それはぜひ進めたらいいです。調べてみたら日本の児童相談所の数は、人口がだいたい59万人につき1か所です。そして、欧米諸国ははるかに少ない人口あたりで1か所ずつあります。その位ケアが必要な時代じゃないかなと。文京区は幸いに新聞沙汰になるような虐待事件が起きていない。そんなに急がなくてもいい話ではないかと思います。
えびさわ:文京区も虐待通報や泣き声通報が急な勢いで増えてきております。児童相談所が必要だと私は考えています。
橋本さん:そのためにも、児童相談所という措置の権限もあれば、特別養子縁組を進める際に実の親に対して債務の申し立てなどのいろんな権限がある中で、相談所の存在は絶対に必要です。
えびさわ:一日も早く児童相談所を作ることが私の願いですが、そこにかかる職員が少ないので、他の区と取り合いになりそうです。職員の養成が文京区のひとつの課題で、今は区の職員をいろんな施設に派遣し、しっかりと訓練して立ち上げられるよう頑張っております。
―文京区の里親制度の現実
えびさわ:先ほど先生のお話の中に出た「特別養子縁組」も文京区では実施してはいるのですが、まだ毎年5~6組位でなかなか拡がっていきません。里親の子どもたちが体験を話す機会が年に1回ありますが、その体験談もみなさんがなかなか興味を持っていただけないので、もっと多くの人に知ってもらう必要がある、と私は考えます。
橋本さん:それは文京区だけではなく、日本全体が里親や特別養子縁組を重視しなかったこともあり、地域の中でそういう子どもたちや親にも出会わないので、実感も伴わない。それで、関心も高まらないのではと思うのです。これも海外との比較になりますが、欧米諸国に比べると、保護を必要とする児童の里親への委託率が、日本はもう圧倒的な低さなのですよね。今でも1%に満たない数字だと思います。全世界の動きが家庭での養育を原則とする形に切り替わっている中で、30年も日本は遅れて施設での養育を中心にしている。それをどう変えていくかですよね。
えびさわさんがおっしゃった里親に対しての関心が増えないと。いくら文京区の中で必死になっても、なかなか動かないのではないかと思います。文京区の中で出来ることを考えると、児童養護施設なり乳児院が区内でもいくつもあるかと思います。
さきほどなかなか児童相談所の職員を務められるスキルのある人がいないというお話がありましたが、施設の中には長くかかわっている方もいらっしゃる。
えびさわ:ベテランの養護施設の職員の方の豊富な経験に、感心させられます。
橋本さん:今の子どもたちが置かれた環境にどう対応していくかを、少なくとも他の人よりは、はるかにご存じです。スキルを更に高めるために国家資格が必要であれば、その中で新しい福祉の資格を作るべく運動する。それは文京区からでも十分できる事です。既に実際に活動されている方はいると思いますが、そういう方と連動していく。「なかなか里親5~6件で進みませんね、それでは何か予算を付けましょうか」と条件を付けて、それで動く類のものでもないと思います。
えびさわ:みなさんのノウハウを広げていきましょうという形で、子どもを真ん中に置いて、政策を作っていく感じでしょうか。
橋本さん:養子縁組だとか里親制度を増やしながら、その一方で、その子どもたちを守っていくセンターとしての児童養護施設、乳児院としての役割を作っていくこと。それこそ経営者の方や上層部にお話しをしていくことが、私は区議の方に必要な役割だと考えます。
えびさわ:ありがとうございます。既に経験している人がいる訳ですから、その人たちの声を広げて、さらにその人たちのスキルを他の人にも共有していくことで「幸せな子」を増やすという考え方になるのでしょうか。
橋本さん:そういうことですね、もっともらしいことを言ってしまいましたが。
えびさわ:やっぱり虐待や貧困で悩んでいる子たちが、自分たちと同じ環境の子が他にもいることに気づくのは、すごく大切ですね。
橋本さん:先ほどもお話しましたが、自己肯定感を強めていくことにも繋がります。
えびさわ:そのチャンスを橋本さんが作っている、ということで、私も一緒に何かできればありがたいですし、ぜひこれから何か手伝えたら嬉しいです。
-かわいそうな子どもを支援するだけではなく
橋本さん:もう一つだけ言っておきたいのは、今申し上げたような話をすると、「貧困とか虐待とかの状況にあるかわいそうな子どもを支援する事ですか?」とそう誰でも受け止めますよね。それはそのとおりです。ただ自分がこういった取り組みに10年近く関わって感じるのは、単にかわいそうな子を助けるだけではなく、社会全体として今取り組むべき事ではないのでしょうか。
無邪気に幸せだと思っている幼い子どもたちが、そのまま育っていける環境を創っていく。経済格差や学力格差に繋がるような不均衡な形ではなく、スタートラインはみんな平等に競争していけることが大切です。例えば「数学がとても駄目だから、それなら好きな英語を頑張ろう」など、競争の中で自分の得意・不得意に気づいていきます。
えびさわ:自分の好きな科目や、才能に気づくことさえできない子どもたちがいることは、社会にとって大きなマイナスですよね。
橋本さん:かわいそうな子を助けるといった視点は必要ですが、それだけではなく社会全体のために、そういった子どもたちにいろんな機会を与えて、自分たちの気づきを得てもらう。その支援は非常に大切なことでは。行政でいえばその養子縁組や里親をどうやったら実現できるかを検討していく。行政の取り組みと、「ビヨンド」のような民間の取り組みが相まって、子どもを社会全体で育てる、守るということに繋がっていけるのではないのでしょうか。
えびさわ:かわいそうな子たちをただ支えるのではなく、「この子たちが未来の日本を、文京区を創って行く」
そんな気持ちで周囲がサポートする感じでしょうか。今日はありがとうございました。非常に勉強になりました。