平成29年6月 文京探索委員会(散歩の会) スペシャル版を開催しました。

6月4日に文京探索委員会(散歩の会) スペシャル版
「古地図を見ながら古道を歩く ~こんにゃくえんま・菊坂・根津神社~」を
開催いたしました。
区政報告の内容と古道散歩の模様を報告させていただきます。

【えびさわけいこの区政報告】

1)文京区シェアサイクル事業の状況

えびさわが2年にわたり要望し続けてきた「シェアサイクル事業」がついに
今年1月よりスタートしました。5月の1ヶ月の利用者は7000名と大変好調です。
今後は民間業者にも協力を依頼し、現在のサイクルポート22箇所を増やしていく事や、
観光との連携などを図っていきます。

 

2)文京区における客引き行為等の防止条例について

東京都内各地で、客引き行為が問題となっています。
文京区では、安全・安心なまちづくりを進めるため、関係機関や団体、警察と連携し、
湯島地区において客引き行為の防止の活動をしています。

今年度中に区としては仲町通りを中心としたエリアを特定地区とした
「客引き行為等防止についての条例」を作る方向となりました。

 

3)精神障害者福祉手当の支給について

文京区内に居住する精神障害者保健福祉手帳1級の人にたいして、
一定の条件のもと、区独自の手当として、1人につき月5000円が支給されることになりました。
これからも、障害をお持ちの方も安心して暮らしていけるまちづくりを進めていきます。

 

 【古道散歩の模様】

講師の「古道研究家 荻窪 圭 氏」の解説を聞きながら
 「こんにゃくえんま・菊坂・根津神社」を巡りました。
 
シビックセンターを出発して千川通りを北へ進み、
 1624年創建の「源覚寺(こんにゃくえんま)」へ。
 古地図には、寺の前は水路があり小石川の名残です。
 「こんにゃくえんま」は
昔眼を患った老婆がえんま様に祈願を行ったところ、
 えんま様が自分の右目を老婆に与えて目を治し、老婆は好物の「こんにゃく」を断ち
 供え続けたことから「こんにゃくえんま」と呼ばれるようになりました。


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菊坂下の交差点にある「謎の三角地帯」。
 古地図にも記されており
ここに古道があったあとです。
 

 中央は現在の「菊坂」。右は古地図に残る「菊坂」で現在は「梨木坂」。


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◆古地図に記されている「本妙寺」と「真光寺」。
 「本妙寺」は1590年に家康とともに浜松から江戸城に移り、1616年に本郷へ移りました。
 1910年に巣鴨に移転しましたが、坂の名前「本妙寺坂」は今も残っています。
 
法華宗の大寺院で、北町奉行「遠山の金さん」の墓所もありました。

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「本郷薬師堂」には、848年創建の「真光寺」があり本郷薬師と呼ばれていました。
 戦後世田谷に移転したが薬師堂と「十一面観音菩薩」は残っています。

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「真光寺」の場所には現在「ホテル・機山館」があります。ホテルのレストランにて昼食。
 
1937年に山梨県出身の創業者が、甲斐の名将「武田信玄公」の法号である「機山」名を頂いて
 この地に旅館を開業しました。


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◆本郷通りを北に進み「追分一里塚跡」へ。
 本郷通りは江戸時代の中山道兼岩槻街道で2つの街道分かれる所が「追分」。
 そこに日本橋から1里を示す「一里塚」がありました。
 現在も江戸時代から続く酒屋「高崎屋」があります。

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◆さらに北に進み「根津神社」へ。
 今回は江戸時代の地図にしたがい裏門から中へ。
 元は甲府藩主邸。1706年に根津神社を千駄木の旧社地より遷座。
 当時の建物がそのまま残っています。
 権現造りの完成形として見事な姿を残す建築は、本殿、拝殿、幣殿、唐門、楼門、透塀が
 国の重要文化財に指定されています。

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◆藪下通りを北に進んで千駄木の「森鴎外記念館」(観潮楼跡)から団子坂へ。
  団子坂上の交差点の辺りが「根津神社旧社地」。
  1671年の地図に「子ヅノゴンゲン」と記されています。
 現在は「汐見地域活動センター」になっています。

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◆歴史と史跡をたどる古道散歩はたくさんの驚きと発見がありました。